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登校拒否の部屋
登校拒否、不登校、引きこもり、青少年問題を子どもの立場から考えます。 参考 登校拒否研究室 インターネット小児心療内科医院

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社会に出たら、又疲れてしまうかも 5

 現在の学校制度に乗ってどんどん進んでいける人はある意味ではかわいそうな人です。現在の学校制度が通用するような社会(昔の日本がそうでした)で生きていける人なら、それでも良いのですが、そのような人はほんの僅かな人たちです。多くの人は、いつか必ず現在の学校制度が、学校での経験が通用しない社会の中で生きていかなければならなくなります。今まで経験していない、自分の経験が役立たない社会の中で生きていかなければならなくなったとき、学校制度に乗って進んできた人たちは、社会経験のない人たちは、失敗を経験していない人たちは、とても弱い人間になる可能性が高いからです。
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【2006/11/30 20:54】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

社会に出たら、又疲れてしまうかも 4 

 この子どもの活動を見守ることは、親にとってははらはらどきどきです。子どもがとんでもないことをしでかさないかと不安になります。それでも子どもから「助けて」と言ってくるまで待ってあげると、子どもはその子どもなりに、良い経験、悪い経験(時には親にとってとんでもないことをするかもしれません。それも子どもにとって重要な経験です。子どもを罰するのではなくて、子どもが希望すれば、親が責任をとって子どもを守ってあげてください)、ありとあらゆる経験をします。その経験が、以後の子どもが問題に遭遇したときに、その子どもなりに解決する能力になります。自立して一人の人間として生きていけることになります。親にとって、社会の中で、とても頼もしい生き方をします。
【2006/11/29 11:46】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |

社会に出たら、又疲れてしまうかも 3

 子どもが引きこもりをやめるには、親が子どもの不登校を良いことだと認めなければなりません。親が本心から子どもの不登校を認めたなら、子どもは安心して、自分の不登校を問題視しなくなります。その子どもなりの活動を広げていきます。その子どもの活動は家の中にとどまらないで、家の外、社会にまで広がっていきます。子どもの活動が広がると、子どもはいろいろな問題にぶつかります。その問題をその子どもなりに解決するなり、親の手を借りて解決するなりして、子どもの活動を広げて、その子どもなりの生き方を見つけ出します。
【2006/11/27 21:57】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

社会に出たら、又疲れてしまうかも 2

 不登校の子どもは潜在意識で学校が辛くなっています。学校が辛いことを親が認めて、学校に行かない生き方を親が認めると、子どもは元気に、学校とは違う社会と関わるようになります。子どもが学校で辛いことを親が認められなくて、親が無理矢理に子どもを学校に行かせようとすると、子どもは家の中に、部屋の中に、引きこもってしまいます。辛さに耐えるので精一杯になり、元気が出てきません。引きこもりを続けることになります。
【2006/11/21 18:26】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

社会に出たら、又疲れてしまうかも

社会に出たら、また疲れてしまうかも

 不登校で引きこもっている子どもを見て、たとえ不登校の問題が解決しても、社会に出たらまた同じように働けなくなって、引きこもってしまうのではないかと、親が心配する場合があります。それは本当に不登校の問題が解決されたら、全く心配のいらないことです。不登校が解決すると言うことは、子どもがその子どもなりに熱意を持って生きられるようになっています。子どもを苦しめる可能性のあるいろいろな問題をその子どもなりに解決できる能力を獲得したから、不登校の問題が解決できました。
【2006/11/21 04:36】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

いじめ自殺 5

 多くの大人は、いじめる子どもをなくすと、子どもの間でのいじめはなくなると考えがちです。ところがいじめる子どもはいじめをしようとしていじめをしているのではないです。何か辛い状態にある子ども達のうちで、その辛さを解消するためにほかの子どもで遊ぶ子どもが出てきます。遊ばれた子どもが出てきます。その遊ばれた子どもがいじめの被害者です。つまり、子どもが親や学校により辛くなったとき、いじめを始める子どもが出てくるという事実です。いじめる子どもは大人の被害者だと言うことです。大人が子どもを辛くするから、いじめをする子どもが出てきています。その結果いじめられる子ども、いじめ自殺をする子どもが出てきています。

終わり
【2006/11/19 19:17】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

いじめ自殺 4

 次に大人がよく知っておかなければならないことは、いじめを止めさせようとすると、いじめが酷くなる事実があります。大人がいじめに気づき、いじめる子どもに働きかけていじめを止めさせようとすると、多くのいじめは一見なくなったように見えます。しかし、大人達から見えないところでいじめが行われるようになり、そのいじめも酷くなるので、いじめられている子どもはいじめの存在を訴えなくなってしまいます。いじめられている子どもからいじめの存在を知ることは大変に難しいことです。また、大人が直にいじめる子どもに関わっていじめをなくそうとすると、いじめられている子どもが大変に辛くなる場合が多いです。
【2006/11/17 18:27】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

いじめ自殺 3

 そして何かはっきりとした事件となったとき、初めていじめと気づき、それまではいじめはなかったと、いじめには気づかなかったと、いじめを見つけられなかった責任を回避しています。今回北九州のいじめ自殺の事件でも、いじめていた先生の存在には、自殺した子どもの遺書が見つかるまでは、どの大人も気づいていません。それどころか優秀な先生としていじめた先生は理解されていました。それほどいじめが行われている最中にいじめを見つけ出すことは大変に難しいことです。

【2006/11/14 08:08】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

虐め自殺 2

 子ども達の間のいじめは、遊びの形で行われていることを、大人達は気づくべきでしょう。子ども達が楽しそうに遊んでいる中の一部に、いじめが存在しています。ですから、いじめている子どもには基本的に悪いことをしているという意識はありません。そして何かの事件の形になって、初めて大人が子ども達の間のいじめに気づいています。子ども達の中には、楽しそうに遊ぶ子ども達の中にいじめらしきものがあることに気づくことがあります。その場合でも、いじめに気づいた子どもが先生や大人にいじめの存在を指摘しても、先生や大人達は子ども達の遊びの姿としてしか理解できません。
【2006/11/11 19:14】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

虐め自殺 1

 現在、マスコミで、北海道と北九州のいじめ自殺のことがいろいろと述べられています。政府もいじめ自殺をなくするためにと動き出しました。そこで主に述べられていることは、いじめを早期に見つけ出して、いじめを解決しようという議論が主流となっています。ところが、いじめによる事件が起きてしまうと、その時点から振り返っていじめがあったことがわかりますが、子ども達の間でいじめがなされている段階で、大人達が子どものいじめに気づくことは大変に難しく、いじめの早期発見ができるかどうか疑問です。
【2006/11/10 18:39】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

子どもはいつからよい子を演じ始めるか? 9

 いい子を演じることが悪いことではないです。子どもがいい子を演じることは、親や大人にとって困ることがない子どもの辛さの解消法です。いい子を演じて、それが続けられる限り、そして、いい子を演じているうちに子どもの辛いことが解消するならば、辛いことが解消して、子どもがいい子を演じる必要がなくなりさえすれば、それでも良いのです。ところが不登校の子どもには、学校内がそれを許してくれなかったのです。学校内での辛さに耐えきれなくなって、いい子を演じ続けられなくなって、学校に向かって体が動かなくなってしまっています。
【2006/11/08 20:48】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

子どもはいつからよい子を演じ始めるか? 8

ですから、親や大人たちが、いくら子どもの様子を遡って考えてみても、いつから不登校になった子どもがいい子を演じだしたのか分かりません。いつから不登校になった子どもがいい子を演じだしたのか、はっきりと線を引けません。不登校になった子どもは、辛くなると少しずついい子を演じることを覚えていったのです。不登校になる子どもは頭がよくて優しいから、親が知らないうちに、いい子を演じてきています。
【2006/11/07 20:21】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

子どもはいつからよい子を演じ始めるか? 7

学校が辛い子どもは言葉で、行動で、学校が辛いことを表現している場合もあります。学校が辛い子どもで、言葉や行動で、学校が辛いことを表現できない子どもは、学校でいい子を演じることで、学校での辛さをやり過ごそうとしています。いい子を演じ続けて、演じ続けられなくなって、不登校になっています。学校が辛い子どもは不登校になるまで、学校内でいい子を演じ続けています。そして不登校になって、親や先生方などの大人がことの重大さに気づいています。
【2006/11/06 19:54】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

子どもはいつからよい子を演じ始めるか? 6

 子ども自身がいい子であることと子どもがいい子を演じることとは、見かけはよく似ていて区別がつきませんが、子どもの心の中は真反対です。子どもがいい子であることは、子ども自身の喜びであり、子ども自身の能力を高めていきます。子どもがいい子を演じるときには、子どもが辛くても逃げられないから、やむを得ずいい子を演じてその場をやり過ごそうとする子どもの行動です。発展性がないばかりか、その辛さを解消するために、親や大人たちの嫌がることをどこかで行わなければなりません。いわゆる問題行動をする子とになります。
【2006/11/04 20:06】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |

子どもはいつからよい子を演じ始めるか? 5

 いい子を演じるとは、ある人に子どもが責められて辛くなり、その辛さを解消する方法がないときに、そのある人に気に入られるような、そのある人が納得するようなことをすることによって、そのある人から逃げ出し、辛さを解消する方法です。子どもとしてはしたくないけれど、辛さを解消するために、仕方なく演じています。無理をして行っています。その場限りのいい子です。ですから、いい子を演じるには、子どもは自分を責める人の気に入るようなこととは何かを見つける必要があり、見つかったらそれをいかにも自分の本心から納得しているかのように、演技をしなければなりません。
【2006/11/02 16:29】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

子どもはいつからよい子を演じ始めるか? 4

 このようにして母親のそばで、家庭の中で、子どもの性格の基本が形成されて、子どもは少しずつ母親や家庭から離れた場所で、新たな経験を始めるようになります。そのときまでに形成された性格、親から見たらいい子の性格から行動をして、その結果が自分の喜びを生じるか、嫌な気分を生じるかで、自分の行動を繰り返したり修正して、習慣化して、新たな性格を付け加えて成長していきます。このようにして付加された性格がそれまでの子どもとは違った子どもを作り出して、親や大人たちにとって良い場合もあり、悪い場合もあり、それらを総合してその子どもその子ども特有の性格として、理解されるようになります。

【2006/11/01 13:53】 不登校 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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