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登校拒否の部屋
登校拒否、不登校、引きこもり、青少年問題を子どもの立場から考えます。 参考 登校拒否研究室 インターネット小児心療内科医院

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助けて上げる

 ハンディキャップのある人を見たとき、今までの私たちはそのハンディキャップのある人を助けるのが良いことだと考えてきました。何かできることはないかと考えて、そのハンディキャップのある人にして上げるのが親切だと考えてきました。親切だと思うことをして上げて、「ありがとう」と言われて、良いことをしたと考える人が多いと思います。

 本当にそれがハンディキャップのある人について親切なのでしょうか?ひょっとしたらそれは私たちの親切と思うものの押しつけになっていて、却ってハンディキャップのある人に迷惑をかけているのではないかとも考える必要があります。私たちの親切という概念からの私たちの行動を正当化するだけであり、ハンディキャップのある人たちへの親切になっているかどうかは別問題だと思います。例えハンディキャップのある人が「ありがとう」とお礼を言ったとしても、それが本当に感謝からの言葉なのか、単に儀礼的な言葉なのか、私たちはそこまで考えて上げる必要があります。

 ハンディキャップのある人たちは一生懸命生きています。不利な条件の中で、その人なりに一生懸命問題解決を行っています。瞬間瞬間、生きていくための学習を続けています。学習をして生きていくための方法をその人なりに蓄積していっています。それを私たちの親切という概念からの判断で、優しくして上げるという判断で、妨害している可能性があります。勿論、ハンディキャップのある人に不可能なことについて助けて上げることは大切です。私たちがそのハンディキャップのある人にとって不可能だと判断しても、当人には不可能でないかもしれないし、また不可能を可能にしようと努力している最中かもしれません。

子どもに関して言うなら、ハンディキャップのある子ども達は自分で自分の問題を解決しようとします。いろいろと失敗しても、それで辛い思いをしても、その自分に降りかかっている問題を自分で解決して成長しようとしています。ですから私たちはハンディキャップのある子どもが「助けて」のサインを出すまで、見守って上げるべきでしょう。「助けて」のサインを出したら、そのときは求められた範囲で手助けをすればよいと思います。もしハンディキャップのある子どもが「助けて」のサインを出さないで、その結果子どもがもっと辛い状態になっても、それは見守っていた人には責任はないと思います。それもその子どもにとって大切な学習だからです。
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【2005/03/25 08:10】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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