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登校拒否の部屋
登校拒否、不登校、引きこもり、青少年問題を子どもの立場から考えます。 参考 登校拒否研究室 インターネット小児心療内科医院

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子どもを守る

 子どもは大人によって守られる必要があります。大人が子どもを守ることは、きっと人間の知恵であり、人間が本来持っている能力ではないと思います。人間以外のほ乳類では、母親だけは自分の子どもを命をかけて守ろうとしますが、自分の子ども以外の子どもを自分の子どもの様に守ろうとはしません(一部のほ乳類では集団として集団内の子どもを肉食動物から守ろうとする本能を持っているものがあります)。

 子どもが「助けて」のサインを出しているとき、又は子どもの命が危険な状態にあるとき、大人がその子どもを助けるのは、人間が蓄積してきた知識の「義務」と言う概念に属するものでしょう。助けてのサインが何か、命が危険な状態とはどんな時かということは別として、子どもが助けてのサインを出していると、命が危険な状態にあると、大人が認識したときには、多くの大人はその大人なりにその子どもを助けようとします。何かの理由で助けようとしなかった大人は、その理由に応じて、きっとある期間良心の呵責を感じ続けることになると思います。

 子どもが助けてのサインを出したとしても、大人の方でのそのサインの解釈によって、そのサインに対する反応が異なってきます。子どもの出したサインを、大人の方でサインと理解できなくて見落としたり、その大人なり(この大人なりについてはいろいろと議論があります。どのような対応が良いのかについては、その大人が判断することであり、そこまで深く議論をしません)の理由をつけて軽視したり、逆に過剰に理解したりする場合があります。それらはやむを得ないことであり、その大人なりに精一杯対応したのなら、仕方がないことだと思います。まだ、子どもの出すサインを脳科学的に理解しようとする文化が人間には無いのですから。

 子どもに限らず大人でも、命が危険な状態におかれてしまうことはあります。それは生物としての淘汰されるかどうかの瀬戸際というように理解できます。だからといって人間の場合、助ける必要がありますが、また助けることが人間の知識の蓄積になりますが、例え助けられなくても、人間の場合事故(動物では自然淘汰された)であり、この助けられなかったと言うこともやむを得ないことであり、その助けられなかったという事実を、新たな人間の知識にしていく必要があります。生物としての人間では、人間という種の一つの個体が消失したという事実ですし、人間という社会ではその構成員が一人減ったその結果人間社会に貢献できる人間が一人減ったという損害になります。また、親兄弟から言うなら、今まであった家庭が縮小することであり、それは不幸と理解されてしまいます。親とは子どもがいて親でいられるのですから、子どもが一人減る分だけ親の否定になります。親には一番辛いことです。
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【2005/03/26 11:24】 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) |

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